2012年11月3日土曜日

劇場版魔法少女まどか☆マギカ総集編 前後編3-5:まどか


☆ネタバレありの感想

これで最後。











・まどか

こういうファンタジーでありがちなのが、少年少女が主人公なのに親の存在感がないこと。でもそれはある程度仕方がない。良識ある大人がそばにいると主人公が不思議や危険に巻き込まれる機会が失われてしまう。物語が始まらない。

まどか☆マギカも例に漏れず、まどか以外の4人は親が死んでいるか、そもそも言及されない。
でもまどかだけは違う。両親と弟と4人家族で、支えあい慈しみあう幸せな家族であることが丹念に描かれている。劇場版ではOPから幸せ家族のダメ押しをしている。
そして中学生になり、自分の生き方についていろいろ考えるようになってきた娘に対して、両親はそれぞれ人生の先輩として己の見解を語るんだよね。特にまどか母の晩酌シーンが良い。

母「まどかは良い子に育った。嘘もつかない、悪いこともしない。だから今度は間違えることも覚えな。若いうちは傷の治りも早い。今のうちに上手な転び方を勉強しておけば、後々必ず役に立つ。大人になっちゃうとね、どんどん間違えられなくなっちゃうんだ。背負った物が大きくなる分、下手を打てなくなる。」
まどか「それって、つらくない?」
母「大人は誰でもつらいのさ。だから酒飲んでいいってことになってんのよ(笑)」
まどか「私も早く大人になって、ママとお酒飲みたいな。」
母「おー、なっちゃえなっちゃえ。つらい分楽しいぞ、大人は。」

こういうこと言える大人になりてぇ。
「俺、大人になったらママとお酒飲むんだ」っていう死亡フラグが泣ける。
子どもたちが笑ったり泣いたりしているだけでなく、かつてそういう経験をし、もっと難しい局面を乗り越えてきた大人をちゃんと描いているから、まどか☆マギカの物語は立体的になり、深みを増すんだよね。
そしてまどかの出した答えは、あの家族で育まれたからこそ、特にあの母親の娘だからこその選択だと思うんだ。

魔法少女のシステムについて明かされていく過程と、それでもやっぱり魔法少女になろうとするまどかの願いが興味深い。
「魔法少女になりたい」→魔法少女の死を目の当たりに→「さやかを助けたい」→魔法少女の本体はSG→「さやかを助けたい」→魔女は魔法少女の成れの果て→QBの目的は少女を魔法少女にして魔女化させること→「新世界の神になる(その結果さやかも助かる)」。

こうして見ると、まどかは大体さやかのために契約しようとしているんだね。というかQBは大概さやかをダシにして契約を迫るよね。やはりほむらはさやかを魔法少女にさせてはいけなかった。
魔法少女の契約がどれだけ胡散臭くて割に合わないか一つずつわかってきて、それでもなおさやかのために犠牲になろうとするまどかマジ女神。
またその度に駆けつけて、すんでのところで契約を阻止するほむらマジ苦労人。
そりゃ「何度忠告させるの。どこまであなたは愚かなの。」とキレたくもなる。
「どうしてあなたはいつも自分を犠牲にして……勝手に自分を粗末にしないで。あなたを大切に思う人のことも考えて。いい加減にしてよ!あなたを失えば悲しむ人もいるって、どうしてそれがわからないの?あなたを必死で守ろうとしてきた人はどうなるの?」と泣きたくもなる。
ほむらの真の敵は、何度忠告してもどんな目に遭っても、性懲りもなく契約しようとするまどか自身かもしれないww

最後のまどかの願いは、初めにテレビを見たときには全然腑に落ちなかった。なんでも叶えられるのに、なんでそんな微妙に痛みを伴う願いを選択したんだ。諸悪の根源はQBであり、魔法少女の犠牲なくしては成り立たない宇宙のエネルギーシステムであるのに、どうして「魔女を消す」なんて対症療法を取るんだ。

でも何度か見直すうちにわかってきた。
まどかは「魔法少女が起こした奇跡」は肯定しているんだよね。そして「奇跡には代償が伴う」ことも肯定している。QBとの関わりの中で人類が紡いできた歴史も肯定している。たとえQBに牧場の家畜扱いされていたんだとしても、彼らの干渉によって少女達が奇跡を願い、歴史が変わり、今の世界があることを、まどかは否定したくなかったんだね。

でもその代償が「魔女化」っていうのはあんまりだ。奇跡を祈った分呪いを背負い、希望を願った分絶望を撒き散らすなんて酷すぎる。
だからダークサイドに堕ちる前に、奇跡を願う綺麗な心のうちに、私がみんなを殺す。

そういうことなんだよね。まどかが変えたのはそこだけ。魔法少女の最期は「魔女化」ではなく「死」。
魔女化と死、どっちがマシかと言えばどっちもどっちだと思う。でも考えてみれば、命あるものは誰でも死ぬんだよね。ゾンビ状態の魔法少女が迎える死の形は、SGの消滅でしか有り得ない。さやかみたいに素質がなければ穢れの浄化が追いつかなくてすぐ死ぬだろうし、マミや杏子だったら結構長生きするだろう。人間と魔法少女のどっちが寿命が長いか知らんけど、生きるために戦い、最期には力尽きて死ぬのはどちらも変わらない。

あとまどかの願いは「魔法少女が絶望して魔女になる。その魔女を魔法少女が殺す。」という不毛なサイクルを止めたという意味もある。それに伴ってQBと魔法少女の関係も変化し、間接的に魔法少女の精神状態はマシになっているんではなかろうか。

QBは少女をSGにするだけでなく、明らかにわざと絶望に導いているよね。例えば契約前にさやかに「君はSGとなりゾンビになる。そしてやがて魔女になる。それでも彼の腕を治したいかい?」と説明したら、さやかはやはり契約しただろうし、うかつに魔女化することもなかったと思うんだ。

宇宙改変後、魔女に替わって世界の歪みを引き受けた「魔獣」。魔獣の発生メカニズムは作品中で明らかにされていない。とにかく新しい世界で魔法少女は魔獣を倒し、それで得られたキューブのようなものでSGを浄化し、濁りきったキューブをQBは回収してエネルギーか何かを取り出すようだ。

だからQBは契約した魔法少女はなるべく長持ちさせたい。一人当たりの総エネルギー回収量を上げるにはそうやすやすと死なれては困る。魔法少女がSGであることも、浄化を怠ると死ぬことも最初に説明して、彼女自身が呪いを生んでSGを消耗させないように、常に少女の精神状態を良好に保つよう勤めるのではないだろうか。もしそうなら「魔女化」の代わりに「死」をもたらした意味は大きい。

あと一番重要なのが、まどかが「概念」となったことで、副次的にほむらの努力がまどかに全部伝わったことだよね。ここで初めてほむらのたゆまぬ努力が、何度もやり直して、その度にまどかが死ぬのを見て、時には自らまどかを手にかけて、立ち止まることも諦めることも許されずに、たった一人で時間の迷路を走り続けてきたことが報われたんだよね。ここで声にならない声で泣くほむらに、もらい泣きせずにはいられない。


ところで、どんな願いでも叶うなら、「全ての魔女を生まれる前に消し去りつつ、私という個体を保ってこのまま人生をエンジョイしたい。」にすればよかったんじゃ?

0 件のコメント:

VPS